浦添ようどれ

Category日常
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先週末、いつもの特売卵の買出し前にふと思い立ち浦添ようどれに行ってきました。

琉球王城 首里城も目の当たりにできるような場所に住んでますが行ったのは2度くらい。
だって・・・見学料が高いんだもの(苦笑)

因みに今回行った浦添ようどれは琉球王朝でその王統が確認されている王統の祖になるのかな? 
英祖王とその子孫(第二尚氏)尚寧王の墓所。
DSC_0423.jpg
首里城下には玉陵という王家の墓がある。
玉陵は第二尚氏 王家の墓所。
尚寧王も第二尚氏なので本来は玉陵に納められるはずなのだが、分家(浦添城)出身であったため
浦添ようどれに埋葬されることを選んだとか?
はたまた、薩摩侵攻を許した自分を恥じて”ようどれにしてくれー”といったとか言わなかったとか?
色々な推測ががあるようですが・・・こればっかりは当人にしかわからないことかもね。

_20171009_021330.jpg写真がでっかいので小さくしてありますが ようどれに続く道。
※ようどれ=夕凪 と、いう意味らしい。
さらに捕捉すると・・・外国人観光客がちらほら見受けられたので?と思っていたら、
ようどれのこの崖の上が浦添城跡になるんだけど、
浦添城のこの断崖絶壁ってあのハクソーリッジの前田高地だったんだよねーってオチ。
上の写真のようどれ城壁の向こう側のうっそうとした雑木林のあたりからハクソーらしい。

あの映画のおかげで日の目を見た感があるようどれと浦添城跡
案内板等に乏しく・・・さみしい印象。
近くに うらそえようどれ館 があるので、詳しく知りたい場合はそこもプラスで見学するのが良いのかもしれない。
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