次から次へと

2☆歳とは思えないほど・・・弱っている我が娘。
先週末からまたひとつ不調なところが出てきた。

『 胸が苦しい、背中が痛い 』

3月の終わり頃、気胸系の疾患で入院したあとだったので
また穴が開いたのかと・・・昨晩、慌てて救急へ。

CT・レントゲンを撮りましたら肺や胸はきれいなので気胸系や肺炎系ではない。

じゃあなんで痛いのかというと、、、。

大事(※)をとって帰る間際に簡易エコー検査をしてもらったのだが
その時エコーの探触子をあてられた胸の部分を痛がった娘を診た医師が一言。
※心臓やその周りの血管などに炎症が見られないかを確認したかったらしい。

『 ここが痛いの? ここだとー肋骨だねー 』

ってことで、どうやら肋骨(軟骨)部分が炎症している可能性が高いのだとか。

そして、

『 特に何もすることはなく、痛みが強い時は痛み止めで凌いでね。 』

またか? またなのか??
病名はつくけど対応することがないって・・・どういうこと???
で、病名を検索して調べてみる。

と、リンパ腫れのからたどり着いた これではないか?と、
娘が今最も疑われている病気の人は 
この肋骨に炎症が起きる病気になるリスクも普通の人より高いらしい。
ちなみに、気胸系疾患もそうらしい・・・。

何とか症候群じゃないけれど、
いろんな症状、いろんな病気を併発する疾患の可能性が高い娘。

ああ、やっぱりそうなんだーと、うれしくない方向だけど
またひとつ 核心に近づいてきた気がする。

が、これで違うと言われたら、、、本当に途方に暮れてしまうだろう。


ふと、思ったこと。

6月23日は慰霊の日でした。(沖縄地上戦の事実上の終結日)

慰霊の日で、ふと思ったこと。
それは母のこと。

母は戦争で実の父(私からすると祖父)を亡くしている。

乳飲み子だった母は祖父の顔を覚えてないだろう。
もしかすると祖父も母の生まれる前に戦場に駆り出されたのかもしれない。

そして、戦後。
まだ若かった母の母(つまり祖母)は再婚をして新しい家庭を築いた。
が、母は引き取ってもらえなかったようだ。
義父が許してくれなかったからだ・・・とは、最近聞いた話。

再婚した祖母とは割と目と鼻の先で暮らしているという環境だった。
再婚先の家は、その当時としては割と裕福だったらしく
異父弟妹が何不自由なく生活する様を日々見て育った母。

養父母からは、母が将来一人でも生きていけるようにと、かなり厳しくしつけられたそうだ。
それは養父母の愛情なのだが・・・。
そんなことは大分後になって親になってはじめて気づかされることだ。

小さな子供の母は毎日どんな気持ちで過ごしていたのだろうか。

目と鼻の先に実母がいるのに甘えられず
血を分けた弟妹たちはいい服を着ておいしいものを食べ
母親の愛情を受けているのを見ていれば・・・

なんでもひとりで考え進むしかなかった母は、
甘え方もわからかったのだろうし・・・
そういう背景が、あの強情でワンマンな性格の母を作ったのかもしれない。

母も戦争のせいで本来あるべき生活が営めなかったんだなと。
もし、戦争がなければ・・・もう少し大らかな性格(?)になっていたかもしれないな~なんて。

強情でワンマンな母のおかげをもちまして、
私も甘えベタな性格に育ったらしいけど~(笑)

今年はそんなことを・・・ふと、思った、慰霊の日でした。


今日のお弁当 2016.6.25

おはようございます。

事務職の私は本日休日。
正直、弁当作りはしたくない!

けれど、夫と虚弱娘が出勤で~
面倒くさい時は・・・丼系手抜き弁当です。

*今日のお弁当*
生姜焼き
いつものブロッコリー&トマト  以上

生姜焼きの下にはキャベツを千切りにして温野菜風にチーン♪したものを敷き詰めてあります。



Profile

れもん

Author:れもん
南の方の島にて・・・
お気楽系A型 
兼業主婦として活動中。

夫・私・娘3人。

娘達がそれぞれの道を歩き出し、
今は夫とふたり第2の人生に向けて
コツコツ貯金に励む日々です。

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